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極短小説「サイキック頂上決戦@コメダ」

極短小説「サイキック頂上決戦@コメダ」

遅いランチをとろうとコメダ珈琲に入ったジョージは、スタッフに何名さまですかと訊かれる前に右の人差し指を挙げた。

こちらへどうぞと案内された席は二人が向かい合って座るタイプだった。
そのスペースは二人がけと四人がけが一つの枠にセットされた、よくファミリーレストランに見られるタイプのものだ。

すでに四人がけのソファには35~40才くらいに見える女性が二人座っていて、ママ友の悪口のようなものを大声で喋りながら大いに盛り上がっていた。
ジョージはこの場所に案内された時、他の席はないかと店員に尋ねたが午後のコーヒータイムということもありほぼ満席だ。
この席しか空いていないと言われ、まあいいか・・ということで仕方なく二人がけの奥に座った。

今日は久々に寒さが和らいで、歩くと少し汗ばむくらいの良い天気だ。
ジョージはポカポカの陽気を存分に楽しみながら、とても良い気分で散歩をし、途中でここに寄った。

「今日、オレはめっちゃ機嫌が良い・・。となりのオンナたちがいくらデカい声で喋ろうが平気さ。なあにこっちにはこの前買い換えたばかりのちょっとナイスなイヤホンとiPhoneがある!音楽聴いたり動画見たりすれば全然だいじょぶ!OK、OK!」と心の中でつぶやいた。

ナポリタンと“たっぷりブレンド”を注文すると、おもむろにバッグからスマホを取り出しイヤホンをそれに装着した。

「いやいや~、ね、となりのオバサンたちも子育てとか家事、旦那の世話とかイロイロ大変なんだろう。それに加えて、ここんとこはコロナのこともあるし、溜まったストレスをコメダに来て発散しているんだろ~な~。まあまあ、どうぞ喋りたいだけオシャベリくださいよ~」と想いながらイヤホンを耳に付けた。

「おおお、オレは今日、なんて機嫌が良いんだろう!1メートル足らずのとなりに座って辺り構わず大声でヒトの悪口を言っている彼女らにイライラするどころか、ほんの少しではあるが同情の念まで抱き、それはそれは大きな、ひろ~いココロでそのヒト迷惑な行いを許しているのだ・・!おお~なんてすばらし~慈悲のココロなんだらう!」
お気に入りのノラジョーンズを聴きながら、余裕の自分を誇らしく思っていた。

大声や音に対しては特に敏感で、自分のココロはそれに対してすぐにイライラするという性質をもっているということはイヤと言うほど知っている。しかし今日はなんとも特別な受け止め方をしていた。
今日の陽気がそうさせるのか、いや、もしかすると去年から始めた“マインドフルネス”の効果がでてきたのか?
・・よく分からないが、とても上機嫌であることは間違いなかった。
もちろん、イヤホンとスマホが無ければ、左隣から浴びせかけられるビッグノイズに耐えられない自分であることは百も承知なのでiPhoneの音量はフルにした。

ノラジョーンズの歌声は素晴らしい・・ハートに染み入ってくるようだ。それも鋭角的にではなく、なんともまろやかに・・。
だが・・確実に音量がアップしている・・隣で喋る彼女らの声・・!

「やっぱりさ~ダメよね~ああいうの。ムリなのよ~アタシ、ぎゃははは~!・・」

ノラのグレートな歌の隙間から洩れてくるとなりの会話は、さらに盛り上がっている。
イヤホンを付けていても、そのガードの上から強烈なパンチを浴びせられているかのようにそのノイジーボイスは容赦ない攻撃を仕掛けてくるようだ。

彼女ら、ジョージがイヤホンを付けたのを横目で見て、これサイワイにと思ったのかどうかは不明だが、笑い声もボリュームが確実にアップしている・・。
いやいや、ジョージのイヤホン有る無しは関係ないだろう。そもそも多くの客がいるカフェでママ友の悪口を大声で喋るという傍若無人な振る舞いを平気でしている彼女らなのだから。

フルボリュームの雑音はイヤホンの僅かな隙間を強烈にねじ開けこじ開け、グイグイと遠慮なしにノラジョーンズの歌声越しに侵入してきた。

未だ上機嫌をキープしているジョージは、「な、なあに平気さ、オネエサンたち元気ですね~い。まあノラさんの曲はスローなのが多いからね、オネエサンたちの声をぼ~ぎょできないんだね~、いや~思い切りのいいストレス発散ですな~うむうむ、おおいにけっこう、うむうむ・・」とココロでつぶやきながらスマホを手に取った。

「そ~かそ~か、そんではね、レッドツェッペリンにしよう、ね、ハードロックならサスガのオネエサンたちも入ってこれないもんね。そ~そ~、オレが悪かった・・ね、ノラジョーンズの静かな歌じゃさ、ね、ムリもないもんね・・いや~しかしオネエサンたち元気だね」
プレイリストの画面を開き、レッドツェッペリンの2ndアルバムをかけるとWHOLE LOTTA LOVEが耳に鳴り響いた。

「はいはい、これこれ~!やっぱね、ハードロックじゃないとね・・。おお、ひさしぶり!いいね~ツェッペリン!」

イイ感じで聴き始めたが、30秒もたつとある異変に気がついた。
なんだかジョンボーナムのドラム越しに異形のリズムというかエナジーが聞こえているのだ。ツェッペリンとは全く異質のものなので思わずそちらに耳がいく・・。

「お、おうわ~!マジですか?!お、オネエサン、おねいさん・・・!」

なんと、オネエサンたちの凄まじい声たちはジョンボーナムやロバートプラント達を攻略すべく、その鉄壁のツェッペリン要塞に侵攻し始めていた。

「ええ~ホントにぃ?!ウソでしょぉ~信じらんな~~い!きゃははははは!!」「きゃ~きゃははは!」

「う、う~む・・信じらんないのはこっちだぜ・・」

ジョージはその想像を遙かに超えた”オネエサンビッグノイズ”と”WHOLE LOTTA LOVE”、そして自分の上機嫌が脆くも崩れ去ってゆくガタガタという音をオーバーダビングし、悪意に満ちた、どす黒いミキシングを施したようなおぞましい音楽を聴いていた。

やめてくれ~~!
・・とココロで叫びながら怒りが沸騰して湧いてくるのを感じている。
しかし、先程までの”上機嫌の残り香”のようなものが自制の想念をギリギリのところで紡ぎ出した。

ジョージは、何も無かったような顔を作り、遠くを見るような目つきをして左隣の方へ顔を向け、オネエサンたちを時間にして3秒くらい眺めてからゆっくりと首を戻した。あくまで怒ってないよという風を装ったつもりだ。

しかし、オンナの感覚というものは鋭いものがあるのだろうか、どうやらこちらの不快感を読み取ったようなのだ。
自分でも多少、こんなに大声出してだいじょぶかなという想いもあったのだろうし、そのあたりの感覚をより鋭くしていたのかも知れない。
片方より多く喋り笑う左前方のオネエサンは彼の方をチラッと鋭い目つきで一瞥した。
ほんの一瞬だったが「なんかもんくあるの?」というようなエナジーがジョージに浴びせられた。片方のオネエサンに目配せでもしたのだろうか、もう一人も何気ないふりをしてこちらを見た。

ジョージは内面では既に怒ってはいるものの、ようやくの想いで平静を装い続けている。
オネエサンも既にジョージの異変に気づいてはいるが、何知らぬ顔で相変わらず大声で喋っている。
だが、未だお互いに感情を表に出してにらみ合ったり文句を言ったりというようなことには至っていない。

”WHOLE LOTTA LOVE”の後半に少し音が静かになるところがある。
4分30秒前後のところにその部分があるのだが、いよいよそこにさしかかるとツェッペリン要塞の防御は手薄になり、できた隙間からオネエサンビッグノイズスペシャルが「今だ~!!」と言わんばかりに、指揮官の旗を先頭になだれ込んできたのだった・・。

「ホントにカンベンしてほしいわ~~!!んもうアタマきちゃう!!」
「はやく言ってやんなよ~~みんなあんたの味方だよ~~!!」
「そ~だねそ~だね、あした言うわ、どんな顔するかね~」
「楽しみだね~~!みんなに好かれてるってカンチガイしてるからビックリするんじゃない~?」
「そ~よ、ビックリするわよ~~!あたりまえじゃな~い!きゃははは!!」
「びゃははははは~~!!くおっほほほほ~~!!」
「んがんがんが~ぐききききき~~!!」

”WHOLE LOTTA LOVE”の少し静かな部分が終わるとジミーペイジのソロとバンドの掛け合いがあってエネルギーが爆発する。
それと同期したようにジョージの怒りも沸点に達した。

しかし、大勢の客のいる店内で怒りのままに大声を発するというのはあまり得策ではない。ともかくここは家の近所だし、もし知り合いがいてそんなところを見られたら恥ずかしいではないか。

「そもそもオレは今日、すんごい上機嫌だったのだ。あ~あんなに上機嫌だったのにぃ~!滅多にないトクベツな日なんだぞ~あんな上機嫌なオレは~!くっそ~!こんのオナゴども~~!!」
彼はうつむいたまま眼を閉じその怒りを鋭い念波に変換し、それをオネエサン達に発射した。

念波は直ぐにターゲットに当たった・・!
ジョージの怒気念波は見事に彼女らの会話を一瞬ではあるが停止させた。

二人ともこちらに顔を向け、何とも言えない「なんだこいつは」的な視線を浴びせてきた。
ほんの1秒くらいのことだったが、明らかにジョージの念波に反応した様子が見えた・・いや見えたとは言っても眼をそちらへ向けたわけではないので正確に言うと雰囲気を感じたということだ。

オネエサンたちはお互いに向き直りママ友の悪口雑言を再開した。
しかし、その会話の音量は先程よりもさらに上がり、ほとんど怒鳴り声のようになっている。
「マジでふざけんじゃね~っつう感じよね~~ぐあっははは!!」

そして今度は、大声と一緒に別の何かがやってきた・・!
念波だ・・!多分、より声の大きいオネエサンのものだろう。
「なんだおまえ、うるせえんだよ~、うるせえのはおまえのほうだろ~!聞こえてんだよ~!そのウダウダ喋るマインドなあ、聞き苦し~んだよ~コラ!念波飛ばしててんじゃねえぞおい!なんだシケたツラしやがってえ!こんな時間にナポリタン食ってんじゃね~ぞ、ころやろ~~!」
・・強力な念波だ。

「うお、なんだとぉ?う、うるせえのはおまいらの方だろ?!大勢の客がいるカフェでなんかヒトの悪口、でっけえ声でもってしゃべりやがって、くお~ふざけんじゃねえ!オレはただヒタスラおまいらの声から身を守るタメにイヤホンつけて黙ってナポリタン食ってんだ、ホントはノラジョーンズ聴きたかったけど、おまいらうるせえからツェッペリンにしてやったんだぞ!そんでもうるせえんだよ!なんだおまいらのクチにはなんか右翼が街宣車につけてるような拡声器でも入ってんのか?パトカーにでもとっ捕まりやがれってんだ、ママ友ばばあめら!めらめら!」
間髪入れずに念波を返した。
外側から見ればこの2対1には何も起こっているようには見えない。一組は相手と喋り、一人はイヤホンで何かを聴きながら静かにナポリタンを食べているだけだ。が、しかしテレパシーの世界では激烈な戦いが始まっていた。

「なんだよ、あんた!そもそもアトから入ってきてここに座ったんだろ~!アタシたちがしゃべって盛り上がってるとこにオマエがわざわざ隣にきたんだ。いやならハナから座るなってことだろ~!アタシ達は大事なハナシをしてるんだよ、ジャマすんじゃねえええ!」

「うごうご~!な、なんだとぉ~~!お、お、おまいらぁゼッタイにゆるさ~ん!うぶぶぶ、ヒ、ヒトの悪口、周り中にバラマキやがってぇ!飛沫とばしまくりやがってぇ!ジョーシキとかハズカシイとかなんも無いんか、このバケモノどもめ・・・!」

微妙に身体を震わせていたジョージが、念波を飛ばすだけではガマンできなくなり、もうたまらんとばかりに立ち上がって、彼女らを睨みつけようと殆ど腰を椅子から浮かせようとした時・・。

「お水のおかわりいかがですか~?」
と微笑みながらカフェの店員が水のピッチャーを片手に話しかけてきた。
耳にイヤホンをして、フルボリュームのツェッペリンを聴きながら、隣と念波合戦を繰り広げていたので、ニコニコしている女性店員の声が聞こえたワケではないが、様子から見て多分そう言っているのだろうと推測した。

彼は、ハッとして、怒りで真っ青になっている顔にひきつった笑顔を作り、空のコップを差し出し、少し会釈した。
「どもありふぁと・・」顔と舌の筋肉が硬直しているので「ありがとう」と発音ができなかった。
愛嬌のある、屈託のない笑顔で話しかけられたものだから、自分の怒りと興奮がなにかとても恥ずかしく思えた。

彼女は隣の拡声器ネエサン達のコップにも水を注いだ。
「あら~どうもありがとう」「長居しちゃってごめんなさいね」
先程までの怒号のような声とは違い、ヒトが違うような優しい声で店員に声をかけている。

「いえいえどうぞごゆっくり」
微笑みを絶やさないまま、店員は厨房の方へ帰っていった。

「さて、そろそろ帰らないとね。夕飯の支度しないと・・」
「そうそう、娘がそろそろ帰ってくるころだし、いこうか?」

声の大きい方は店員から注がれた水を少し飲むとバッグとコートを手に取り、もう一人も帰り支度を始めた。
「ああ楽しかった!」
「本当ね、少しストレスがとれました~おほほ」
「またね。今度の水曜日はどう?」
「いいわね!そうしましょう!」

街宣車拡声器ネエサン達は席を立ちながらチラッと一瞬ジョージの方を何気なく見た。

「覚えとけよ〜!今度会ったら許さないからねぇぇぇ・・!!」
「そうよ!ざけんじゃないわよ、このナポリタン野郎!!タバスコ目ん玉にぶち込んでやろ~か!!!」
先程にも増した超絶破壊力の念波がダブルで同時に彼のムネをつき刺した。

そして、彼女らは何かを喋りながら、何事もなかったように機嫌良く会計を済まし、外へ出て行った。

「うぐぐ・・」

ジョージは瞳孔が開いた眼を前方に向け、無表情でノックアウトされていた。
イヤホンではLED ZEPPELINⅡのTHE LEMON SONGが終わりTHANK YOUのイントロが流れ始めている。

しばらくして我に返った彼は、冬の夕陽を浴びながら家へ帰っていった。
途中、小さな声で呟いた。
「次の水曜日は絶対にコメダに行かないようにしよう・・」

kuuhaku

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