ある日のひとりごと

たしかに「これ」です・・はい・・「だから最初から言ってるじゃん」・・て言われそう・・

     出るにまかせて書きます。

此処、此処、これ、これ・・まさにこれ・・
只々「これ」でした・・・
・・此処にいます・・存在が・・此処にいます・・そのものが・・
最初の最初から・・「これ」でした・・
和尚の言っていた「これこれ千回もこれ」・・ね!
和尚の言っていた「あなたはすでにブッダだ」・・ね!
ウソではありませんでした・・なんのヒネリもなく・・
「たとえ話」でも「方便」でも「励まし」でもなく、ただ単にストレートに言ってくれていただけでした・・
なにかがこの言葉のウラに隠されているのではと思ってましたが(笑)なんにもなかった・・
いやいやほんとになんにもなかった・・!わはは!

「あなたはすでに光明を得ている」・・え〜!?なんだって?!「でも和尚が言っているんだからな・・」
・・「そうかな・・?そうかもしれないけどこの満ち足りない感じはなんだ?やっぱり違うんじゃないか?」・・って・・
「やっぱりこれは方便かなんかで、弟子を励ましているだけなんじゃないの?」って・・ね・!

うるさい「まいんど」が言っていただけでした。あ〜でもないこ〜でもないって「心」が言ってました。

・と・ところでさ・・このうるさく言っている「まいんど」ってえのは誰っすか?
和尚の言ってることにイチャモンつけてるのは誰っすか?自分は光明を得ていないって言い張っているのは誰っすか?
だいたい「サトリ」とか「光明」とかって知らないはずなのに「これは光明で、これは光明ではない」ってなんで言えるの(わかるの)かな??
ま、でもごちゃごちゃ言ってるのも楽しかったけどね・・

そんでもって「まいんど」を見てたら、この「まいんど」を見てる「このひと」とは果たしてナニもんか・・って・・
ここでもまいんどさんは「このひとはナニもんだ?」って呟いていたっけ・・
「今のままじゃダメ!」「ナニかを得なければダメ!」「サトリを得るぞ!」って言い張っているのを見てるのは・・果たして・・う〜む・・
見ているうちに「言い張っている」のかそうじゃないのかもわかんなくなって・・そのうちそんなこと忘れちゃって・・
ただ「此処」にいたら・・・・・・・・・・あははははは!!!

たしかに「これ」です・・いやはや・・たしかに「そのもの」です・・はい・・
たしかに「生まれもしない死にもしない」です・・たしかに「此処にある」です・・はいはい・・
たしかに「ブッダ」です・・たしかに全部「仏性」です・・はいはいはい・・
たしかに「わかったら」エラくなるわけでもないです・・いやいやほんと・・
あ〜、和尚・・ありがとう