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自我物語

幻夢(マーヤ)・・
自我という幻想は自由無碍なる“吾”に気づくことなく
苦悩葛藤の煩悩世界を作り出す  

自我が作為をして何かを成すという誤解・・
欲が自我を支配する
何かを成さなければいけないという衝動が精神肉体を突き動かす
粉骨砕身し ストレスに継ぐストレスの末 
何かを成し、或いは失敗をする

成した者はつかの間の喜びに浸り
一瞬の後に新たな欲を生み出し また更なる葛藤の旅を続ける

失敗したものは自我の努力の足りなさ
才能のなさを幻夢の中に想い
大いに不運を嘆き 落胆する

それでも完全に打ちのめされぬものは自我を鼓舞し
そして あるものは落胆する
すべては蜃気楼 自我は幻想だというのに・・
自分というものは何処にもいないという事実に気づくこともなく
悪夢の中にただただ蠢く・・

成す者はなく成される者もいない 支配する者もされる者もいない
そこにはただ“全体”が交響曲を奏でているだけ
あなたはいない わたしはいない
ドラマを作っているのは自分だと勘違いしながら
エゴが投影する・・善し悪しを・・

すべては手の内にあり、コントロールしているのは自分だと勘違いしながら
エゴが投影する・・成功か失敗か・・
欲からの解放 エゴからの解放 それは“自分自身からの解放”
それが起こったとき 
善し悪しがただ起こり 成功失敗がただ起こるのを観る
幸不幸も 幸運不運も 好きも嫌いも ただただ起こっている
あるがままに ただ あるがままに・・

その時 “精進”“努力”は“遊戯”に変容する
何かを創造する大いなるエネルギーはただただ起こる
降り注ぎ 沸き起こり 
それは大いに遊戯し この“肉体精神システム”を踊らせる

自分がいないと識るとき 大いなる解放がある
自分があるという重荷 自分があるという責任
そのすべての幻想が祓われて 重圧は一瞬にして消え 
大いなる喜びとともに 失われたことのない・・

いつもいつもここにあった“全体”に解き放たれる
帰命・・阿弥陀に帰る・・南無阿弥陀佛・・とも言う
神に帰るとも言う 覚醒とも言う サトリとも言う 光明とも言う
自らが阿弥陀だと識る 自らが神だと識る
自我という幻想から解放された時・・
自我という悪夢から目覚めた時・・

吾は森羅万象、そしてそれらすべてを内包する宇宙
そう・・吾は宇宙そのものと識る・・!

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